日本空手道白堊会は、松濤館流です

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武道の四要素   形とは  形の意義     

空手道とは

空手に先手なし。空手道とは勝敗を究極の目的とする武術にあらず。
有形無形の試練を乗り越え、錬磨の汗の中から人格完成をはかろうとする武道である。
武道は武術と精神の学びを通じて人間形成を目指すもの、空手道もまた目的は人間形成であり、そのめざし歩む
過程が”道”である。道は目標に向かって到達するための歩む姿であり、その先に人間形成という目標がある。
伝統ある日本の武道である空手道は、ただ強さを求めるだけの攻撃的な武術ではなく、ただ勝敗を決めるだけの
スポーツではありません。自己を磨き、人格完成を目指すための術、そして自分の肉体を使って自分の身を守る
ための護身術。これが空手道の本質なのです。


空手に先手なし

「空手道を修業する者は、いついかなる時でも、自分から攻撃を仕掛けてはならない」という戒めです。
常に心に余裕を持ち、いつ如何なる方向から攻撃されても対処できるようにしておくという事です。空手の形や
組手は必ず自然体からスタートします。リラックスした自然な体勢が理想なのです。
ただ体に構えはありませんが、心に隙があるとそこにつけ込まれるゆえ、かれには構えが必要です。
そして武道の奥義は「心の構え」すらなくしてしまうという事。いわゆる「無の境地」なのです。
「生涯武道」という言葉があります。目先の強さだけを追うのではなく、日々の生活、生涯を通じて武道を
修練して行こうという姿勢です。自分自身の中にある雑念、弱さを空手道を通じて克服していく。
この己に勝つ事を「克己」といいますが、これこそ空手道の精神の最もたるものです。日々の生活も空手道の
修練の場であり、逆に空手道を通じて身につけた、強い心は毎日を豊かにしてくれるはずです。


武道の四要素

空手道に限らず武道を修練するうえで重要な四つの要素があり、
「一眼二足三胆四力」といわれています。
「眼」とは着眼の事で目付けといいます。相手の動きを見るのはもちろん、野外であれば地形、地物、天候等を
一眼の内に察知し、自分の有利な位置に立つ事です。相手と対して、どこをみたらいいでしょうか?
まず相手の目の動きによって心の動きを察知します。しかし眼にばかり心をとらわれると他の動きが判りません。
一応は相手の眼に着眼しますが、相手の動揺が全部判るよ全体を包むように見る事です。基本や型の場合は、
正面または進行方向の自分の眼の高さを見ます。特別の場合を除き下を見るのは着眼点もはずれ姿勢も崩れるので
絶対いけません。
「足」とは運足の事です・攻撃・防御ともに運足が遠く軽く、しかも重心が安定しなければなりません。
必要以上に高く跳んだり重く足を引きずっては体が動きません。地面にはつかず、離れすぎず軽快な足捌きが
必要です。
「胆」とは胆力の事で、どのような場合にも、驚いたり慌てずに何事も冷静に判断して処置する精神です。
「力」とは力のことで、筋肉とか持続力とか瞬発力等があり、いずれも大事な要素です。
日常鍛錬するよう心掛けることです。初心者は無駄な所に力が入りすぎ、かえって技を邪魔する事があるので
力の使いかを良く研究しましょう
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空手道における形

どの形もすべて受手から始まっている。これは「空手に先手なし」の精神を単的に表現するものである。
この訓戒は、空手道を一言でいいつくしていると断言できる。古来、空手は君子の武術といわれ、敵の攻撃を
受けてはじめて止むに止まれず鍛えに鍛えた手脚をもってこれに対応するもので、常に謙譲の心と、温和な態度で
人に接しなければならないという教えである。心と技、内外兼ね備わってこそ真の空手道といえる。

形とは


形は受・突・打・蹴りの基本技を合理的に組織構成したものであり、四方八方に敵を仮想し、定められた演武線を
前進後退、あるいは転身して演武するもである。一挙手一投足、すべて攻防の武技の応酬であり、無意味な動作の
一つもない。古来空手の稽古は形を中心として行われ、そのおのおのの形は、昔の名人たちが長い間の、修練と
貴重な体験によって編み出し、心血を注いで完成したものである。現在伝わっている種類はおよそ50余りあるが
非常に古い伝統を有しているもの、比較的新しい時代にできたもの、または中世から近世にかけて中国から伝来したと
みられるものである。簡単なもの複雑なもの、長いもの、短いもの色々ありみなそれぞれの特徴を持っているが
大別して二通りとすることが出来る。ひとつは素朴重厚で雄大な感じのするもので、体力を練り筋骨を鍛えるものに
適したもの、ひとつは俊敏飛燕のようなかんじのするもので、軽掕機敏の早技を習得するのに適したものである。
形に熟練する事によって自然に一身の危急に臨んで応変できる護身の技を体得する事になる。
しかも形そのものが完全な全身運動であり、屈伸、跳躍、平均運動などのあらゆる要素を含んでいるため、体質上
理想的な運動とされている。型は自分の体力に応じて真剣に習え、短時間で単独でも、集団でも練習ができる特色を
持っているので老若男女を問わず、またいかなる環境にあってもこの道に励むことができる。
「礼に始まって礼に終わる」型を演ずる前後には必ず一礼を行う。両踵を合わせた結び立ちで、両掌は軽く脇に
接するように自然に垂らした姿勢で体を少し前に屈して一礼する。眼は正面に注ぐ、かたちだけのものではなく
姿勢を正し、礼儀、礼節をわきまえた心心からの礼でなければならない。恩師船越先生は空手道を修める者は第一に
礼儀を重んじなければならなぬ。礼儀を失った空手は既に空手道の精神を失っている。礼儀は単に稽古中のみでなく
行住坐臥(ギョウジュウザカ)いかなる場合にも重んじなければならない、と述べられている
(行住坐臥の意味)
〘仏〙 行くことと止まること,坐(すわ)ることと横になること,の四つの動作。日常の立ち居振る舞い。四威儀。
またいかなる場所で演ずるにも、謙譲の心と温和な態度、しかも腹することなく堂々たる態度であらねばならない。
妙に卑屈になったり威張ってみたりするのはもってのほかである。剛にしては柔、柔にして剛、柔即和、柔剛は常に
和に帰す。礼儀、礼譲、礼節は空手道修練の第一義である。
(礼譲(礼儀正しく相手を敬ってじぶんをひかえめにすること)              このページの先頭へ

構えと残心(用意と直れ)

演武線の中央、真中で一礼したら、静かに左足から先に、次に右足を左右に開いて(中央左端で一礼したら左足は
そのまま、右足を右に開いて)八字立ち自然体になり用意の姿勢をとって構える。
また閉足立ちで構える場合は、そのまま足先を合わせる。構えあって構えなしといわれるように、意識過剰、カチカチ
に力んでのかまえはとっさに適切な動作が出来ない。肩、膝の関節の力をぬいて、直ぐどんな変化にも対応できるよう
迅速に動きを得るリラックスした姿勢が必要である。ただ下腹はしめて、いわゆる丹田に力を入れ
(丹田(タンデン)の意味東洋医学で,臍(へそ)の下のあたりをいう。全身の精気の集まる所とされる)
静かに気息を整え「、気持ちを落ち着け、気力、体力の充実を図る事は極めて寛容である。それとともに型の最後の
拳道を終わっても、すぐ気をぬいてダラダラとするのは、きびしく戒めなければならない。
暫時(ザンジ)(意味:少しの間という意味)の油断もなく、いつでも突発的な変化に応じられるように気力を
充実させしかも静かに元の用意にもどる事が大切である。ものごとは終わりが肝心であって、途中がどんなに立派で
あっても最後の締めくくりが乱れては何にもならない。古来日本武道では残心が重要視されている。
空手道修行者は実技の修練にはむろんのこと、日常の生活においても残心は必要な心構えである事を銘記
(意味:こころにきざむ)しなければならない。

形を演ずるには

順序は正しく間違えないように。
型によって20拳動、40拳動というように動作の数が決まっている。その拳動を順番に演ずるのである。
順序を間違えたのでは意味がない。
演武線を正確に進退するように
形を演ずるために必要な、前後左右への進退転身を示す路線を演武線といい、演武開始の位置から出発し、
定められた路線を移動し、終了の位置に到達するが、開始・終着の位置は必ず同一点となっている。
未熟で足の位置を間違えたり、歩巾が不正確であれば同一点には戻らない。入念に練習する必要がある。
各拳動、動作の意味を明確に理解し表現するように型の中にある一挙手一投足はすべて攻防の動作である。
ひとつの型には、幾多の攻防技がおさめられているのでおのおのについて、よくその なさんとする 
意味を明確に理解しそのように表現しなくては効果は上がらない。
目標を正しく把握するように
どこからどう攻撃されているか、どこを目標に反撃するか、目標を正しく把握するのは極めて肝要である。
したがって常に目標から眼を離してはならない。次の目標へ的確に眼を向ける事が必要である。
型の特徴を生かして演ずるには
形のなかの各拳動の意味を部分的に明確に理解するとともに、その型全般の特徴を生かして演じなければ
ならない。おのおのの形の特徴をつかんで、ある形は雄大に、あるものは軽妙に。
形に始めから終りまで血を通わせるように
開始から終了まで、一挙手、一動作はそれぞれ関連している。各攻防の動作がポツンポツンと独立している
のではないので、各技の終了は、それぞれ次の技の開始につながっているのである。
ひとたび形を演じ始めたら最後までひとつの流れをつくり、血を通わせなければならない。
形にリズムを与える三要素(物事の最も大事な事)をわすれないように
すぐれた武道、スポーツ実技は大変リズミカルで美しい。リズムがなければ美はうまれないし、
単調なリズムなら相手に乗せられてしまう形の美の力、リズムは「力の強弱」「技の穏急」「体の伸縮」
から生まれる。この三要素は、型を演ずるには絶対必要なものである。むやみに力みすぎたり、
やたらに早く演じても、決して真の強さ、うまみは生まれない。力を入れるべきところは力を入れ、
抜くべきところは抜く、このコツを会得すべきである(物事の意味を十分理解して自分のものと すること)
早くすべきところをユックリ演ずるのでは調子を乱してしまう。
型練習の心得
1.効をあせって先急ぎしてはいけない。
2.熱しやすく、冷めやすいは禁物
3.努力の積み重ねが必要である
4.飽きずに、時間は少なくても、練習を継続する事が大切。
5.得意、不得意はあっても、不得意の形を顧みないのは良くない。不得意だからこそ余計に練習を重ねるべきである
6.形と組手の相互関係を顧慮し練習する
     (著者 中山正敏 ベスト空手より)

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形の意義

1.技法の変化
  一つの形には幾種類かの技法が含まれている。これらの技法を習得する事は形の練習に際して最も大事なことで
  ある
2.気息の吞吐(キソクのドント)(呼吸(息を吸ったり吐いたりする)
  武道に於いては全て虚実という事を大事にする(実質・実体のあることとないこと。2 うそとまこと
  わが身をもって敵の虚をつく、即、我が充実した力を持って敵の空虚をつくことが大事である
  よって空手においては、気息の吞吐に五種の法がある事になっている
   ①長呑長吐 スーと長く吸い込んでハーと長く吐き出す
   ②長呑短吐 スーと長く吸い込んでハーと短く吐き出す。
   ③短呑長吐 スッと短く吸い込んでハーと短く吐き出す
   ④短呑短吐 スッと短く吸い込んでハッと短く吐き出す。
   ⑤ ①から④の総合形で①と②、①と③、①と④、②と③、②と④、③と④等の結合になる
  気息の吞吐は、すべて以上の5種十形の中に包含される。型を練習している間の気息吞吐ほうは、それぞれの
  動きに応じて全述の五種十形中のいずれかの形になる。型の練習においては、技法と気息との関係を十分注意
  して研究すべきである。
3.重心の移動(バランス)
  重心の安定がなければ、たちまち波錠をきたす、いかに巧妙な技法、軽快な転身も重心の安定を伴わなければ
  ものの役に立たない(腰を中心に移動(例外を除き上半身垂直)
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受け方の五原則

(1)落下
   落下とは、落下に対して、大地は体をかわしたり、さけたりしなで、花の落ちて来るそのままの位置で
   これを受け止める。これにちなんで相手の攻撃に対する受けの態度がちょうどこの大地の態度に似ていると
   いう意味で名付けられている。相手の攻撃をそのままの位置にて、がっちり受け止める受け方。
   <例>中段突きを定位置にて、横受けまたは横打ち)
(2)流水
   相手の攻撃に対して、逆らわず相手の力をその方向に流れさせる受け方。
   <例>中段突きを、右半身か左半身かに相手と入れ違いになるように体を転じながら、横受けまたは横打ちを
   もって受け渡す。この時の受け方、態度が即ち掬い受け等も流水の分類に属する)
(3)屈伸
   相手の攻撃に対して我が体勢の屈伸を活用する受け方
   <例>中段突きをからだをひいて猫足立ちの低い体勢で受け、平安初段(松濤館流)の型の前屈立ち下段払い受けから
   前足を引いて基立ち、上段打ち落としの屈伸併用>
(4)転位
   相手の攻撃に対して、その攻撃目標の位置を転じて防御の目的を全うす意味
   <例>上段突きを、顔を左または右へ曲げるか、あるいはちょっと腰を落として低くなるだけで攻撃を
   避ける事が出来る。攻撃目標の位置を移転させることによって、受けの目的を達成する場合を転位という。
(5)反撃
   相手の攻撃に対して、体を引くのではなく攻撃と同じように反撃する。
   <例>突き・受け(上、中段)上段突き、受け、中段突き、受け、バッサイ大、平安四段、三戦

修業感

君子の拳 「君子とは」学問を積み、修業を備えた人格高潔の人をいう。即ち空手道を学ぼうとする者は
     空手道の就業を通じて学問を究め修行を積んで自己完成に努め立派な人格者になるよう
     努力しなければならない
初心生涯 何事に限らず、最初に決めた事は、謙虚な心で懸命に努力しているが、やがて上達するにつれて
     慢心しがちなものである。常に初心をもって物事に対応する事が肝心である。
牛歩千里 牛の歩みはゆっくりしたものであっても、休むかとなく歩み続ければ、千里の遠くまでも踏破する
     ことが出来る(踏破:困難な道や長い道のりを歩き通すこと)空手道の修業の道程は限りなく遠いが
     継続して稽古を続ければ、目的とするところに到達する事が出来る。
修業千日勝負一瞬
     「千日の修業を鍛といいい、万日の修業を錬という。新しくして勝負は一瞬」といわれるが
     心・技・体が一体となってこそ威力を発揮するものであり勝負は一瞬に決するものである。その一瞬の
     ために、千日も万日もの錬磨をしなければならない。
果てしない道
     稽古とは初歩から順を追って全てを学び、又逆に初歩に戻り、さらに初歩から順に十へと進む。
     「順と逆との果てしない習い」ということであり、たとえ皆伝を得たとしても、それで終わることなく
     展開して修業すべきである
壁を破れ 技術を習得して行く過程で、人は幾度となく「壁」にぶち当たる。その壁を突き破った時、新分野を
     発見し、心。技とも大きく成長する。時としてその「壁」に気づく事が出来なければ、進歩はおろか
     後退している事さえ気付かない。常に自覚、工夫して修業せよ。

守 破 離とは

    
   守破離とは
物事を習得する段階を三つに分けた「守」「破」「離」という言葉が
あります。もともとは江戸時代に川上不白が「不白筆記」で茶道の
修業段階の教えとして紹介されました
以後、諸武芸の修業段階の説明にも使われています。
守とは、師匠の教えを正確かかつ忠実に守り、物事の基本の作法・
礼儀・技法を身につける「学び」の段階をいいます
とは、身につけた技や型をさらに洗練させ自己の個性を創造する
段階を言います。
とは、「守破」を前進させ新しい独自の道を確立させる段階を
いいます
第一段階の「守」をいかに身につけるかで「破離」へと続く、
その後の自己成長の大きさが決まっていきます。助言を喜んで受け
入れていくことで、将来の「離」に到着したとき、自己をいっそう
高めていく事ができるのです。思い通りにならない時こそ、
それなで培った土台が、自己を助けてくれます。自己を発展させる
道に終わりはないのです。
(社団法人倫里研究所職場の教養 5月号より引用)
 2005年度の空手道スポーツ指導員の講習会で教えていただいた事です(松伏道場 アガラワッタ)


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FAX. 048-225-1299
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Japan Karate Do Hakua-kai


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